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東京地方裁判所 平成4年(ワ)5591号 判決

原告

小川啓三

小川幸子

小川一朗

原告ら訴訟代理人弁護士

森本脩

西村孝一

被告

野村證券株式会社

代表者代表取締役

酒巻英雄

訴訟代理人弁護士

木村康則

山田尚

主文

一  被告は、原告小川啓三に対し、一億〇八三九万一六一〇円及びうち三六一八万九四二三円に対する平成三年四月一六日から、うち四〇九四万九四二三円に対する平成三年四月二三日から、うち八一七万五四二三円に対する平成三年五月二七日から、うち四八八万五四二三円に対する平成三年六月一一日から、うち三〇五万一四二三円に対する平成三年六月二四日から、うち一五一四万〇四九五円に対する平成三年六月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告小川幸子に対し、四五七万七四二三円及びこれに対する平成三年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告小川一朗に対し、一七五四万〇四八五円及びうち一〇九一万九四九五円に対する平成三年四月二三日から、うち二〇四万三四九五円に対する平成三年五月二七日から、うち四五七万七四九五円に対する平成三年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決の一ないし三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一被告は、原告小川啓三に対し、一億五四八四万五一五九円及びうち五一六九万九一七六円に対する平成三年四月一六日から、うち五八四九万九一七六円に対する平成三年四月二三日から、うち一一六七万九一七六円に対する平成三年五月二七日から、うち六九七万九一七六円に対する平成三年六月一一日から、うち四三五万九一七六円に対する平成三年六月二四日から、うち二一六二万九二七九円に対する平成三年六月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告は、原告小川幸子に対し、六五三万九一七六円及びこれに対する平成三年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三被告は、原告小川一朗に対し、二五〇五万七八三七円及びうち一五五九万九二七九円に対する平成三年四月二三日から、うち二九一万九二七九円に対する平成三年五月二七日から、うち六五三万九二七九円に対する平成三年六月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いの前提となる事実(1ないし5の各事実は、当事者間に争いがない。)

1  被告は、證券業を営む株式会社である。

2  羽生田登(以下「羽生田」という。)は、昭和四〇年に高等学校を卒業して被告に入社した被告の従業員であり、昭和六三年七月に被告新宿駅西口支店に配属され、その後平成三年七月三日に解雇されるまで、同支店の投資相談課長の地位にあったものである。

3  羽生田は、被告新宿駅西口支店の投資相談課長として、顧客から各種の投資相談を受けることのほか、顧客に対する株式等売買の勧誘、顧客から被告に対する売買注文の受託、いわゆる新規公開株に関しては、顧客の入札申込みの取次ぎ、同支店の公募売出分についての被告に対する買付申込みの受付け、同支店の公募売出分の配分決定への参画などの業務に従事していた。

4  原告小川啓三(以下「原告啓三」という。)は、洋菓子製造販売、喫茶・レストラン経営等を業とする株式会社銀座コージーコーナーの代表取締役であり、原告小川幸子(以下「原告幸子」という。)は、原告啓三の妻であり、原告小川一朗(以下「原告一朗」という。)は、原告啓三と同幸子の長男である。

5  原告啓三は、被告との間で、昭和五九年ころから個人として総合取引契約を結び、被告新宿駅西口支店に取引口座を開設して株式売買注文、取次等の取引を継続していた。また、原告幸子、同一朗も、その後同支店に取引口座を開設し、被告と継続的な証券取引を行っていた。羽生田は、同支店に配属された昭和六三年七月以降、原告らの担当外務員となり、原告らと被告との取引一切につき被告の担当責任者として業務を処理していた。

6  羽生田は、新規公開株は購入希望者が多く買付けが難しい反面、入手できると値上りの可能性が高いため、顧客の多くがその買付けを希望することに目を付け、新規公開株の買付代金名下に顧客から金員を騙取しようと企てた。そこで羽生田は、ホウライ株式会社の新規公開株を入手しておらず、また今後入手できる見通しも全くなかったにもかかわらず、平成三年四月一〇日ころ、自己が担当していた顧客である原告啓三に対し、「他人名義で入札して取ったホウライの新規公開株が一万株手に入りますから分けてあげます。単価五一七〇円ですけど、必ず値上りしますよ。社長、買いませんか。買うのであれば、私の個人口座に四月一六日に代金五一七〇万円を振り込んでください。個人口座を使うのは、他人名義で買付けするので、会社の口座を使うわけにはいかないからです。」などと虚偽の事実を告げ、右言辞を信用してホウライ株式会社の新規公開株を入手できるものと誤信した原告啓三から、同月一六日、羽生田の指定する銀行口座(羽生田個人の口座)に右買付代金名下に五一六九万九一七六円を振込送金させてこれを騙取した。

羽生田は、その後平成三年六月二七日までの間に、右同様に「新規公開株が手に入ります。買いませんか。」などと虚偽の事実を告げて原告啓三を欺罔した上、別紙被害一覧表記載のとおり、右事件も含めて前後一〇回にわたり、原告啓三から合計一億五四八四万五一五九円を騙取し、また、欺罔された原告啓三からの勧めを信じて羽生田の推奨する架空の新規公開株の買付けを承諾した原告幸子から六五三万九一七六円を、同じく原告一朗から合計二五〇五万七八三七円を、それぞれ株式買付代金名下に騙取した。

(〈書証番号略〉、原告啓三本人)

二争点

1  原告らの主張

羽生田の右一6の行為は原告らに対する不法行為に当たるところ、羽生田の右不法行為は、いずれも被告の業務の執行についてされたものである。したがって、被告は羽生田の使用者として、民法七一五条に基づき、原告らが被った損害を賠償すべき責任を負う。

2  被告の反論

(一) 本件は、羽生田が原告啓三に対し、個人として落札した新規公開株を譲渡する旨虚偽の事実を告げた上、原告らから羽生田個人の銀行口座に金員を振込送金させてこれを騙取したというものであって、羽生田の右不法行為は、被告の業務の執行についてされたものではない。

(二) 原告啓三は、羽生田の行為が被告の業務の執行としてされるものでないことを知っていたか、又は重大な過失によりこれを知らなかったものである。

第三争点に対する判断

一羽生田の行為の業務執行性について

1 羽生田の前記第二の一6の行為が原告らに対する不法行為に当たることは明らかである。

2  そこで、羽生田の本件不法行為が被告の業務の執行についてされたものであるか否かを検討する。

(一)  被告が証券業を営む株式会社であること、羽生田は本件一連の不法行為を行った当時、被告新宿駅西口支店の投資相談課長の地位にあり、顧客に対する株式等売買の勧誘、顧客から被告に対する売買注文の受託、新規公開株に関しては、顧客の入札申込みの取次ぎ、同支店の公募売出分についての被告に対する買付申込みの受付け、同支店の公募売出分の配分決定への参画などの業務に従事していたことは、いずれも前記(第二の一1ないし3)のとおりである。

(二)  右(一)の事実のほか、証拠(〈書証番号略〉)によれば、株式会社が新たに株式を上場又は店頭登録する際に発行するいわゆる新規公開株を顧客が購入する方法としては、入札と公募の二つの方法があること、入札の場合には、購入希望者が各証券会社を通じて入札申込みをし、落札した顧客が当該株式を買い付けることになり、他方公募の場合には、各証券会社が自社に振り分けられた株式を本、支店において購入希望者に割り当てることになること、羽生田は、被告新宿駅西口支店において、入札の場合における申込みの取次ぎ、公募の場合における申込みの受付け及び顧客への割当ての業務を担当していたことがそれぞれ認められる。

ところで、羽生田の原告らに対する本件一連の不法行為は、前記のとおり、原告らに対して架空の新規公開株の購入を勧めた上、その買付代金名下に金員を騙取したものであるから、右行為は、羽生田の本来の職務内容と密接に関連するものということができる。

(三)  証拠(〈書証番号略〉、原告啓三本人)によれば、羽生田の原告啓三に対する本件欺罔行為はすべて、被告新宿駅西口支店における勤務時間内に、しかも同支店内の電話を使用して行われていたこと、羽生田は、被告の業務の執行として、本件以前から原告啓三からの新規公開株の入札申込みの取次ぎを数回にわたって行っているのみならず、平成三年五月には、原告啓三が正規の入札申込みにより、被告(担当者は羽生田)を通じて株式会社中部の新規公開株一〇〇〇株を現実に落札できたことを巧みに利用し、原告啓三に対し同社の新規公開株がさらに購入できる旨告げて欺罔行為を行ったこと、羽生田は、原告らによる新規公開株の買付代金の一部に充てるためと称して、原告らの承諾を得た上、被告の保護預かりとなっている原告らの保有株式を売却処分したこともあることがそれぞれ認められる。これらによれば、羽生田による本件一連の不法行為は、被告における本来の職務の執行と渾然一体のものとして行われたもので、羽生田においても、原告啓三に対し本来の職務の一環であると見せかけようとしていたものと認めることができる。

これらの諸点を考慮すると、羽生田の原告らに対する本件不法行為は、羽生田の本来の職務と密接に関連するものであり、客観的に観察した場合、羽生田の職務行為に属すると認められる外形を有するものというべきである。したがって、羽生田の本件不法行為は、被告の業務の執行についてされたものと認めることができる。なお、被告は、羽生田は個人として落札した新規公開株を譲渡すると偽った上、個人の口座に金員を振込送金させたことを根拠に、被告の業務の執行についてされたものではない旨主張するけれども、羽生田が原告啓三に対し、被告の職務を離れて個人としての立場で取引を行う旨を明示したとまでは認められないから、右の諸点を考慮しても、羽生田の行為の業務執行性が否定されるものではないというべきである。

二原告らの悪意、重過失の有無について

1  羽生田の本件不法行為がその職務の範囲を逸脱したものであることを原告らが知っていたものと認めるに足りる証拠はない。羽生田が「他人名義で取った新規公開株がある」旨原告啓三を欺罔した上、羽生田個人の銀行口座に買付代金を振り込んでほしい旨原告啓三に指示したこと、原告啓三もこれに応じて羽生田個人の銀行口座に買付代金を振り込んだことは、いずれも前記のとおりであり、また証拠(〈書証番号略〉、原告啓三本人)によれば、原告啓三は、本件当時、株取引に関し相当の知識と経験を有していたことが認められるけれども、これらの事実によっては、羽生田の行為がその職務の範囲を逸脱したものであることを原告啓三が知っていたと認めるには足りない。かえって、証拠(〈書証番号略〉、原告啓三本人)によれば、原告啓三は、羽生田から架空の新規公開株の購入を勧められた際、大手証券会社である被告の投資相談課長の地位にある羽生田が、右の地位を利用して、被告の得意客である自己に対して新規公開株を融通してくれるものと信じ込んだことが認められるから、原告啓三としては、羽生田の本件行為が被告の投資相談課長としての職務の執行の一環として行われるものであると認識していたと認めるのが相当である。

2 羽生田の本件欺罔行為の内容は、入札又は公募売出しという正規の手続に基づかずに多数の新規公開株の購入を勧めるものにほかならず、買付代金の支払につき羽生田個人の銀行口座への振込送金を指示されていることからしても、前記のとおり株取引につき相当の知識、経験を有する原告啓三としては、羽生田の本件行為が被告の投資相談課長としての職務の範囲に属するか否かにつき疑いを抱いてしかるべきであり、かつ、支店長に問い合わせるなどその点の調査を行うことも容易であったと認められる。この意味において、原告啓三には、羽生田の本件行為がその職務の範囲を逸脱したものであることを知らなかったことにつき過失があるというべきである。しかしながら、(1)被告は我が国最大手の証券会社であり、羽生田はその支店の投資相談課長の地位にあって、一般的にその信頼度は高いと考えられること、(2)一般投資家にとっては、株式投資による利益の有無とその程度が最大の関心事なのであって、そのような一般投資家に対し、新規公開株の譲渡につき証券会社において現実にどのような取扱いがされているかに関し十分な認識を有することを期待するのも困難な面があること、(3)証拠(〈書証番号略〉、原告啓三本人)によれば、原告啓三はその経営する会社としては昭和五六年ころから、個人としては昭和五九年ころから被告と取引を有している被告の得意客であって、原告啓三自身もそのように理解していたことが認められ、このことに照らすと、原告啓三において、羽生田がその地位・権限を利用し、自己のため特別に新規公開株を融通してくれるものと信じたとしても無理からぬところであること、などの事情に照らすと、原告らにつき故意に準ずる程度に著しい注意義務の違反があったとまでいうことは相当でないから、原告らに重大な過失があったと認めるには足りないというべきである。

三過失相殺について

1 前記第二の一6の事実によれば、羽生田の本件不法行為により、原告啓三は合計一億五四八四万五一五九円の、原告幸子は六五三万九一七六円の、原告一朗は合計二五〇五万七八三七円の損害をれぞれ被ったことが明らかである。

2 原告啓三には、前記二2で認定したとおりの過失があり、羽生田の行為が被告の職務の範囲に属するものであるか否かについて原告啓三が十分な注意を払ってさえいれば、原告らが本件の損害を被ることはなかったものと認められることを考慮すると、右過失を原告らに対する損害賠償額の算定に当たって斟酌するのが相当であり(なお、原告啓三の右過失は、原告幸子、同一朗の損害賠償額の算定に当たっても、被害者側の過失として斟酌すべきものである。)、右過失の程度等に照らし、その過失割合は三割とみるのが相当である。

3  よって、被告は、原告らの各損害額から三割を控除した金額につきその賠償義務を負うことになる。

(裁判官石井寛明)

別紙被害一覧表〈省略〉

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